2023/1/31-2/12
渡部さとる写真展『da.da in monochrome』開催 
新宿 北村写真機店

『da・da』とは、彼らが住んでいる場所の方言だ。
話し言葉の語尾に「だ」と付くのが基本だが、「そうだだ」というふうに「だ」を繰り返すこともある。
「da」と「da」が重なり合う響きに、この地域の空気感が出ていると僕は感じた。

写真家・渡部さとる

5年後は、出版社で働いていたい。

松本市/なわて通り

憧れの人は、
小学校の担任の先生です。

安曇野市/大王わさび農場

家から見る常念岳が好き。

安曇野市/長峰山

人を助ける仕事に就きたい。

筑北村/本城グラウンド

占いはけっこう信じてしまいます。

朝日村/武居城公園

父は中華料理が得意で、
すごくおいしいです。

山形村/慈眼山 清水寺

大人とは、
やりたいことをやっている僕を、
隣で見守ってくれる存在です。

塩尻市/スナバ

MOVIE

PHOTOGRAPHER

写真家 渡部 さとる

写真家

渡部 さとる

1961年山形県米沢市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ、報道写真を経験。同社退職後、フリーランスとして、雑誌、広告の分野でポートレートを中心に活動。2006年よりギャラリー冬青にて作家活動を本格的に開始。複数の美術館に作品が収蔵されている。『旅するカメラ』(エイ出版)など多くの写真集、書籍を出版。近年では『じゃない写真』(梓出版・2020)がある。2019年からはYouTube上に「2BChannel」を開設。

写真家・渡部さとる
スペシャルインタビュー

著名人のポートレート撮影など、商業カメラマンとして30年以上のキャリアを持つ一方で、
「ギャラリー冬青」所属の写真作家として活動を続ける渡部さとるさん。

これまでのキャリアで培ってきた「表現としての写真」の深い知識と考察を生かし、
YouTubeで自身のチャンネル「2BChannel」を開設。1万人以上のフォロワーを抱えている。

そんな渡部さんが、信州・松本地域の“17歳”を撮った『da・da』。

『da・da』の17歳たちに、この写真に、どんな意図が込められていているのだろうか。
撮影が進む2021年秋、渡部さん主宰のグループ写真展が開かれていたギャラリーでお話をうかがった。

大人でも子どもでもない17歳のリアリティー

ー『da・da』はどんなスタイルで撮影されていますか。

彼らには、撮影上なにも注文することなく、ただそこに立ってもらいました。「笑った方がいいですか」「どんな顔すればいいですか」と聞かれることもありましたが、あえて「そのままで」と伝え、何ひとつ指示しませんでした。

たった一瞬のリアルを撮りたい、継続性が感じられるような飾らない表情をただ純粋に切り取りたい、と思ったので、あえてそう撮影することにしたんです。

それぞれのロケーションもこちらから指定していません。「あなたの好きな場所に連れていってください」と、彼らに委ねました。好きな場所というのは、その人が持っているエネルギーとの親和性がとても高いんです。風景の良いところに連れて行って作り込むよりも、好きな場所で撮ったほうが絶対にいい写真になると思ったので。

ーそもそもなぜ「17歳」なんでしょうか。

17歳って、大人でも子どもでもない、どちらにも属さないような年齢でいて、一番多感な時期という印象があります。そんな17歳の「そのまま」を、今のかたちで残せたらおもしろいんじゃないかと思いました。

写真家の橋口譲二さんの写真集に『十七歳の地図』という作品があります。初版は1988年ですが、今も読み継がれる素晴らしい写真集で、日本各地の17歳が100人以上載っているものです。

この写真集に出会ったのはかなり前ですが、見た瞬間、自分が17歳だった頃を思い起こさせるような衝撃が走りました。その後の僕にとって人物撮影の指針になるような印象的な作品で、ずっと頭の片隅にそれが残っていたんです。

今回、「渡部さんのスタイルで、松本地域を撮ってほしい」と依頼をいただいたときに「17歳を撮らせてほしい」とこちらから提案しました。17歳を「2021年らしく切り取り、残す」ことに意味があると考えて、最終アウトプットを「動画」と「本」にしました。

ー「動画」と「本」を選んだ理由は?

「動画」は、生の声をそのままリアルに残すことができます。それと同時に、この“2021年”という空気感も残すことができるのが動画だと思います。

たとえば、8ミリビデオやカセットテープ、MDなど、専用機器がないと再生できないものがたくさんありますよね。これらは「今となっては簡単に見られない」ことも含めて、その時代らしさを色濃く映し出すメディアでもあると思います。

2021年を象徴するのは、きっと動画。だから、彼ら・彼女らの声をそのまま動画で残してWeb上にアップロードすることで、今という時代を残していることにもつながると思います。

対して、再生機器に依らずにずっと見ることができるもの、変わらずに形として残っていくものとして「本」があります。本は、持って帰って見てもらうことができますし、手の中にモノとして実在していて、手渡されて残っていくことができます。10年でも20年でも、このかたちのまま残していくことができる。

たとえば、今回撮影した17歳たちが大人になり、その子どもが17歳になったときに「お父さん・お母さんが17歳だったときにね…」と我が子に見せることだってできるんですよね。本の役割はそういうところ。だから「今」を「今らしく」残すために、動画も本も両方必要でした。

その人の、土地のエネルギーを残す

ー実際に撮影してみて、感じたことはありましたか。

今回の撮影は、モデルさんやタレントさんを撮影するときとは全然違う、とてもかけがえのない撮影体験でした。モデルさんは「撮られる前提の生活」をしていますし、「撮られる私」をカメラの前で出すことが仕事ですが、おそらく今回の17歳の彼らは、こんなふうに自分の体を投げ出すような体験自体が初めてなんじゃないでしょうか。

すごく新鮮で、大きなエネルギーを感じました。

ー確かに写真を見ていると、彼らのエネルギーが伝わってくるようです。

僕が写真を撮るときにいつも考えているのは「エネルギー」です。その人のエネルギー、その土地のエネルギーを、どう残していくか。見た人にそのエネルギーに、どう気がついてもらうか。そこだけです。

シャッターを切っているときにも、もちろん手応えを感じているんですが、あとでプレビューを確認したときに「すごいな…」って言葉を失うような感じ。それは写真の腕が、とかではなく、ただ純粋に彼らのエネルギーが伝わってくることに、僕自身が一番驚いていましたからね。

ー彼らのエネルギーが、渡部さんの写真によって可視化されているんですね。

いや、僕の仕事は「17歳を撮ろう」という決断だけといってもよいくらいです。

彼らはもう、ピュアなエネルギーで溢れています。ただそこに立ってもらえればいい。ノーマルなレンズで、テクニックも特別な機材も何も使ってない、ありのままをただ撮影しただけです。

それが一番、彼らのエネルギーを引っ張り出せるような気がして。

ーその選択こそが、プロフェッショナルだと思います。

写真は誰にでも撮れるけれど、そのエネルギーを「いかに引っ張り出せるか」というところにはカメラマンの腕が必要だと思っています。時代を超えて、「今のリアルなエネルギー」を伝えられるような写真が残せたらいいなと思っています。

渡部さんが考える「写真的解決」とは

ー渡部さんの経歴について、教えてください。

僕は写真の大学を出てスポーツ新聞社の記者を経て、フリーランスのカメラマンになりました。そのころは国内外をあちこち飛び回って、いろんなことに挑戦していましたね。40歳を過ぎた頃に写真のワークショップをはじめたらそれが楽しくなってきて、それが生活の中心になり、もう20年ほど続いています。

ー現在はどんな写真を撮ることが多いんですか。

40代ぐらいまでは「自分の作品」がすべてでしたね。とにかく自分の作品で認められたい、褒められたい、という欲でいっぱいだったんです。

このまま登り続けたらどんな景色が見えるだろう? という希望で満ち溢れていて、とにかくがむしゃらに突き進んでいたんですが、その先には実は、何もなかったんです。

この先に何もないんだっていうことに気づいたときは、虚無感もありました。でもそれが少しずつ落ち着いてきて、今の自分に何ができるか? を改めて考えたときに、「力を伸ばすこと」じゃなく、「この力を生かして何かにつなげていくこと」の方が面白いんじゃないか? と気づいたんです。

ー「力を生かして何かにつなげていくこと」とは?

「どうすればいいかわからないけれど、こんなことで悩んでいる」という声に対して、僕が得意な写真でなんとかしていく、ということです。

僕はいつも、これを「写真的解決」と呼んでいます。

解決したいことに対して「写真的解決としてはこういうことができるよ」というのを、今までの経験から提案しながら、解決策の方法として写真を撮っています。

今回の『da・da』も、まさにそうですね。僕が思う「写真的解決」が、17歳のありのままの表情を撮ること、それを本と動画で残すことでした。

ー渡部さんが考える「写真の可能性」とは。

僕は写真ができることは「伝える」「残す」「考える」ことだと思っています。「考える」っていうのは、「考察」よりも「想像」というようなイメージ。その写真を見た人それぞれ、自分の想いと照らし合わせながらいろいろなことを考えてくれる。それは読み手によっても、見るタイミングによっても違うと思うんです。

写真のいいところは、説明がなくても伝えられること。文章には言葉が必要だし、言葉を並べることでどうしても「意味」がついてきてしまうし、そこには「理由」があったりします。

でも写真には、明確な意味はないんです。なんでここにこの写真があるのか? という理由すらない。できる限り意味をはぶいたもの、考える余地を残したものを見てもらう、その余地を手渡すことができるのが写真なんです。

見た人がどう見るかは、人によって、世代によって、時代によっても立場によっても変わって見えてきます。それがおもしろいし、それこそが写真ができることだと思います。

今回、彼ら自身の中に、その感覚や余白のようなものが、ほんの少しでも残っていくといいなと思っています。

インタビュー 後藤麻衣子/撮影 神谷篤史

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