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INTERVIEW 移住者インタビュー

移住者との対話から見えてきた、
麻績村の日常にある
息づかいと心地。

「耳をすませば、里山のやさしい声が
すうっと体の中に、入ってくるんです。」

三田 紘也 三田 紘也

インタビューを受けた人

麻績村役場 村づくり推進課

三田 紘也さん

2022年に、神奈川県川崎市から長野県麻績村日向地区へ夫婦で移住。現在は麻績村役場で、空き家バンクや移住相談などの業務を担当する。麻績村に移住後、狩猟免許を取得、猟友会にも所属している。趣味はカメラ。1988年、青森県生まれ。妻の桃子さんは、麻績村の地域おこし協力隊伝統工芸班で草木染を研究。

三田さんを

  • 地域おこし協力隊の妻と二人で麻績村へ
  • 移住後に狩猟免許を取得し、猟師になる
  • 移住仲間コミュニティも広がり続けている
  • 自宅のセルフビルド計画が進行中

インタビューをした人

コピーライター 後藤 麻衣子

コピーライター

後藤 麻衣子

コピーライター 後藤 麻衣子

岐阜・名古屋で活動するコピーライター。印刷会社で情報誌の編集・印刷媒体の企画などを7年経験したのち、2012年にフリーライターとして独立。2015年、工業デザイナーの夫と一緒に岐阜でデザイン事務所「株式会社COMULA」をスタート。趣味はキャンプと俳句。二児の母。1983年生まれ。長野県飯田市の病院で、産声を上げる。

03

episode

命をいただくことへの思いと、村の一人の猟師としての葛藤。

移住者、三田さんの日常にあるスポットを巡りながらインタビュー

SPOT

秋葉神社の周辺

三田さんのお散歩コースでもある、見晴らしのいい丘。

麻績村での暮らしについて、いろいろお聞きしたいです。
毎日、朝は何時に起きるんですか?

後藤

移住してから、すっかり朝型の生活になりました。
今は朝5時半に起きて、猟のシーズン中は6時すぎに家を出て、罠の見回りをするのが日課です。

三田

モーニングルーティンが、「罠の見回り」!

後藤

そう。
麻績村にきてから狩猟免許を取って、主にわな猟をしています。
麻績村には2つの猟友会があって、僕は日向支部に所属しています。支部のメンバーは現在12人。活動としてはわな猟や巻狩りがあります。
猟のシーズン中は毎朝、鹿やイノシシが罠にかかっているかを見て回ります。

三田

罠にかかっていたら…?

後藤

大町市にある「ジビエ加工センター」に運ぶことが多いです。
鹿はそこで加工されて、信州ジビエとして流通します。

すべて加工センターに持っていくわけではなく、猟友会の方に助けてもらいながら自分たちで捌くこともあります。

三田

捌いたあとは、三田さんはどうやっていただくことが多いんですか。

後藤

イノシシは、豚肉に近い食べ方が多いです。カツにしたり、焼肉にしたり。
鹿はお肉もいただきますが、レバーがおいしいので、レバーペーストにしてバターと混ぜてトーストに塗って食べたり、パスタソースに入れたりしています。

三田

そもそも三田さんが、猟師になったきっかけは?

後藤

都市部に住んでいた頃から、自給自足に興味がありました。
移住して最初は畑仕事からスタートしましたが、自給の方法のひとつとして狩猟にも興味があって。
ただ、移住したからといってすぐに猟ができるとも思っていませんでした。

三田

どんなルートで、猟友会へ?

後藤

役場の人とか、集落の人に「猟に興味があるんです」って話したら「知り合いが猟師だから」と、すぐにつないでくださって。
その後、狩猟免許を取得して、今は猟友会の大先輩方に教えてもらいながら、少しずつ技術を身につけています。

三田

すごい決断ですね。

後藤

僕が「猟師に興味がある」と話をしたとき、村の皆さんは「この先が心配だから、心強い」と言ってくれたんです。

三田

「心配」…。

後藤

そう。
こうした山間地は高齢化が進み、猟師さんは減っています。
でも今、麻績村に限らず日本の至るところで鹿が爆発的に増えていて、農作物へ被害はもちろん、生態系に強い影響を与えているのは確かです。

昔からずっと、当たり前に続いてきたことが途絶えてしまうことへの「心配」を村の人がこぼされたときに、狩猟に対しての思いが少し変わりました。

三田

それは、使命感のようなものなのでしょうか。

後藤

いえ、使命感というような大きなものではないです。
僕一人が年間何頭か捕獲したところで、状況が変わるとも到底思っていません。

それでも、「猟をする人がいなくなってしまう」のは、村の人にとっては大きな不安だと思うんです。

三田

確かに。

後藤

元は自分の関心がきっかけとなって飛び込んだ世界でしたが、村の人の「この先が心配」という言葉は、ここで猟をしていく理由のひとつになりました。
あとはやはり、命をいただくことへの意識の変化も大きかったです。

三田

変化というのは?

後藤

それこそ最初の興味は「自給自足」から来ていたので、自分で実際に猟をする前は、有害鳥獣の捕獲という目的の次に、「肉を入手する行為」という意識が、比較的強かったと思います。

でも実際に罠にかかった鹿を見たとき、そしてそれを自分たちの手で解体しているときに、「命をいただく」という行為が、「僕自身がやりたいから」だけではなく、「この狩猟という行為が、どこにどう寄与していくのか?」という、自分なりの根拠や落としどころを見つけたいと思うようになりました。

三田

それは実際の狩猟の現場に触れて、改めて思ったんですか。

後藤

そうですね。
現場を見てから、少しずつ気持ちが変わっていきました。
その根拠を自分なりに見つけるために、学問の側面からも体系的に理解しようと努めました。
文化人類学や哲学、宗教、経済などの本をいくつか読んでみて、そのうえで自分は「だから、猟をする」と、改めて思いたい、というか…。

三田

なるほど。

後藤

やっぱり、猟って決して気分がいいものではなく、どこまでいっても悲しいんですよ。
自分でも矛盾してるなと思うのは、自分で罠を仕掛けたのに、本心ではどこか「掛かってないといいな」と思っているんです。

やっぱりそこには命があるので、罠にかかってしまった鹿を見たときに、何ともいえない気持ちになるんです。

三田

猟師さんには猟師さんの、葛藤があるのですね。

後藤

矛盾してるのはわかってるんです。

ですが、だからこそ自分が納得する根拠や、落としどころを見つけて、そこを軸にして取り組みたい。
まだその答えは見つかっていなくて、今も模索している状態です。

三田

貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございます。
狩猟以外にも、移住前と移住後で、自分の価値観が変わったと感じることはありますか?

後藤

僕の場合は、移住して変わったというより、都市部にいるときの違和感を、ここに来て拭うことができた、という感覚です。

三田

というのは?

後藤

都市部にいる時から、多分、今の価値観だったと思うんです。
だから僕は「自分が都市部にいる意味」をうまく見いだせなかった。

移住という行動を起こして、麻績村で暮らしはじめてから「ああ、こういう暮らしがしたかった」と自分でも改めて気づいたという感覚です。

多分、僕の性格が都市生活に向いてないってことも大きいと思うんですが。

三田

そうか、住む場所が変わったことで、ずっとあった考えや価値観にハマって「こっちだ!」って気づいた感じなんですね。

後藤

そうですね。
高校卒業を機に都市部の大学へ進み、そのまま都市部で就職して長く住んでいる人も多いと思います。都市部はいろんなもので溢れていて刺激的だし、そこでしか得られないものももちろんあります。

でもそれがすべての人に合っているとは思わないですし、僕の場合はその答えが都市部ではなく地方だったんですよね

三田

都市部がいいか地方がいいか。
両方に価値と良さがあって、自分がどう選び取るか?というところが重要ですよね。

後藤

本当に、そうだと思います。

三田

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